2020年06月07日

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2019年(南アフリカ、スウェーデン)
53分

※Eテレ「世界の教育コンテンツ 2019」にて視聴
 
 
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青少年向け部門及び最優秀賞受賞作品。
 
舞台は南アフリカの児童養護施設ACC。
決して望んだわけではない中国式の教育を受けながら
その延長線上にある未来と自らのルーツとの間で揺れる、
15歳の少年・イノックの生活に密着する。 
 
 
 
まず、中国及びACCという施設に対する怒りを覚えた。
貧困にあえぐ南アフリカの子供に対し、
衣食住と教育を保障するという意味では確かに児童養護施設なのだが、
母語も覚束ない子供たち(6歳かそこらだ)を「引き取って」、
中国式の生活(言葉から仏教に沿った生活まで)を強制するのは
文化の侵略、強奪、蹂躙であり幾つもの面から人権の侵害だ。
何から何まで中国人として染め上げてしまうことで
子供たちの将来までもを自分たちの利益に利用しようとするさまは、
ハッキリ言っておぞましい。

自分たちの教育により子供たちはこのようなことまで出来るようになった、
という成果を披露するために
世界各地で演舞(?)の公演を行っているのだが、
(そこで施設に対する寄付を募っている!)
移された客席に座るのはすべて見るからに中華系の人間たち。
要は「中国人化がここまで進んだぜ」というお披露目会である。
その演舞の素晴らしさに涙する客もいるんだけどさ、
その涙、演舞のクオリティに対してのものか?
「中国人化の成果」に対するものなんじゃないのか?
お前がする寄付で、望んでもいない中国人化を強制される子供たちが、
南アフリカにいるんだぜ?
 
 

イノックは、何人かの兄弟の下の方の生まれで、
母親は彼が2歳の時に亡くなり、
父親は彼が生まれる少し前に外に女を作り出ていった。
よって、母方の祖母のもとで育てられることになるのだが、
祖母は「(地元の学校に通わせる)教育費が払えない」として、
イノックをACCに預けた。
 
彼の一家はヤオ族の村に暮らしており、母語はヤオ語であるが、
イノックは幼くして村を離れACCで中国式の教育を受けたために
ヤオ語をきちんと理解することが出来ない(中国語話者である)。
年に一度、ACCから故郷へと二週間の帰郷期間が与えられるが、
イノックは「時間に縛られない」「誰かから何かやるよう強制されることはない」
村の生活リズムに心を休めると同時に、
同じヤオ族でありながら周囲とコミュニケーションが取れないことや
自分が特別視されていることに、孤独を覚えている。
 
 
 
ACCでの教育課程を終え、卒業を迎えることになるイノック。
ACCが用意する台湾への留学の道を進むか、
故郷に帰るかで頭を悩ませる。
 
一度は故郷に帰ることを選択、主張するイノックだったが、
周囲は彼の意思など意に介さない。
 
ACCの職員は「愛情をかけて育ててきたのに!」と嘆き
校長は
「君は南アフリカの現状の犠牲者だが
 20年後に南アフリカが遅れたままであるなら
 (教育を受けた)君はその責を問われるだろう」
と圧力をかける。
故郷の村では「教育を受けたイノックには期待してるんだよ」と
親戚がお決まりの台詞を吐く。
 
幼少期に家族のもとから離され、
母語も話せず中国式に育てられた15歳の少年。
望んだわけではない人生を強制されてきたイノックが、
それでも故郷に留まりたいと口にした、
その背景などお構いなしだ。
 
 

結局、イノックは台湾へ留学することになった。
機上の少年と窓の外を映しながら53分の作品は幕を下ろす。
 
悪いのは確かに貧困で、これは解決すべきだろう。
しかし、そこから引き上げるにしても、やり方があるハズだ。
文化はもちろん、何よりも本人の意思が尊重されてこそではないのか。
年端も行かぬ子供を、選択肢を持つことすら許さない状況に放り込んで、
明るい未来は訪れるのか?
 
ACCはアフリカ南部に事業を拡大しているということを告げて、
エンドロールは終わった。
イノックらの世代がこのやり方を我慢して乗り切れれば、
南アフリカの次の世代はもしかしたら貧困からだいぶ抜け出せるのかも知れないが…。
 
何かを改善していく時に、
特定の世代、人が強烈な我慢や搾取を強いられることでその速度を上げるということは
人類が進歩していないことの証左ではないのか。
 
俺は、ACCのやり方を、支持したくない。


(23:42)